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MESSAGE FROM GOSMAGAZINE YOUNGINTRENET RADIOGALLERY YOUNG
別冊マガジンヤング
そして僕は恋をする (11/12)
あっちもこっちも (9/22)
アカペラ街より感謝を込めて (4/25)
桜餅からカレンダーまで (3/3)
親知らずを抜いたと親父に報告 (2/13)
GO!GO!中野レオーネ (12/29)
降って湧いた言葉の理論 (11/30)
長崎ぶらぶらセレナーデ (11/11)
風呂上がりの夜空に (11/2)
始まりに付属する諸々 (10/20)
帰ってきた旅芸人 (9/21)
そして僕は恋をする (11/12) 安岡 優
  はい、十一月です。最近では世間から「癒し」などと罵られる、いや、もてはやされる毎日に、如何なものかと思いつつ日々を暮らしております。それならいっそ「癒し」について考えてみるのもいいかなと昨日の夜、寝ながら思考を巡らせたもので、今回はその辺から。「癒し」と一言で申しましても色々ありまして、まぁそれを大きく二つに分けると、「差し引いていく」ものと「付け足していく」ものとになるでしょう。「差し引いていく」ものは、分かりやすく言えば休暇です。あれをしないこれをしないと自分を休ませて心身ともに癒されるわけです。「付け足していく」ものは快感です。日常に無い、もしくは不足している何かを、五感を使って心身に取り入れていくことで癒されると言ったところでしょうか。

 さて、休暇は取れないが癒されたいという我が儘放題の現代人にとって、やはり大切なのは快感です。それではこの快感についてもう少し深く考えましょうか。快感を感じるのは肉体と精神です。肉体的快感と精神的快感を切り離して考えたくないという感情論的な思考の方は、ごめんなさい、この先を読まない方がいいでしょう。ここで言葉という道具しか使えない僕には、そういう方の為の表現方法を持っていません。話がそれました。肉体と精神を、快感を受け取る別の経路と考えて、先へ進みましょう。

 まず、肉体的快感を語る上で、五感の中から強引に触覚だけを取り出して考えます。触覚から感じ取る快感は、くすぐったいと痛いの間にあると思われます。指圧やマッサージを受けたことのある方なら分かるでしょう。くすぐったいと痛いの間の感覚を。あれが気持ちいい、つまり快感であるわけです。ここで一つ興味深い話を。実は人体に痛覚はあるがくすぐったいという情報を受け取る感覚はないそうです。ではどこで感じ取っているかというと、痛覚だというのです。つまり、痛覚に与えられた微量の情報を肉体はくすぐったいと感じているのです。くすぐったいと痛いの間と言いましたが、実はこれは同一線上のもので、肉体的快感を求めるというのは、痛みへの突入だったわけです。恐いですねぇ、人間の性というヤツは。

 さあ、肉体は痛みに向かっていくことで快感を得ていたわけですが、精神の方はどうでしょう。精神的快感の中心はやはり愛でしょう。愛するか、愛されるかは別の話で、とにかくこの愛という感覚で人は精神的快感を得ようとするわけです。しかしながら、この愛というのも曲者で、ただ気持ちいいだけのものではありません。愛するが故の痛みや苦しみ、慣用句を使えば胸が痛いとか胸が苦しいとか言われるあれです。別の言葉で言えば、切ないとか寂しいなども愛があるが為です。ここでも肉体同様、快感を求めることが同時に痛みに向かってしまっていると言えるでしょう。

 では、愛の痛みとはどんなものでしょうか。「君が僕を愛してない」とか「僕が君を愛してない」というのが、痛みに繋がると思っている方もいるのではないでしょうか。残念ながら、そうではないでしょう。いや、それでは足りないと言った方がいいでしょうか。恐らく愛の痛みの本質は、「君は僕でなく、僕は君でない」ということ。つまりどんなにそばにいても、どんなに心を通わせても、君と僕は別々の器、別々の肉体、別々の精神の中に存在するということです。でも、だからこそ愛おしい。だからこそ君の美しさに、僕の美しさに気付くのです。それは、君の醜さや僕の醜さを覆い隠すほどに魅力的で、その先に痛みが伴うと知りつつも、愛に近付こうとする要因なのです。

 君と僕はこんなに違うから、抱き締めた時にぴったりくるのです。それはまるでパズルのように抱き締めて、離さないでいられるのです。触れあう心が痛むのは、君と僕とが違うから。だけど人はそれを愛と呼んで、昔から、そして世界中でこの快感に吸い寄せられていくのです。

さてさて、前回の「ひろみさんの口に合う詩」の話ですが、色々やって分かったことを皆さんに。ひろみさんの口に合うためには、ひろみさんに合わせて、ひろみさんになって書くのがいいのかと模索したりもしました。でも違いました。ひろみさんと僕はこんなに違うのだから、僕が僕のまま書くこと、それをひろみさんがひろみさんのまま歌うことが、「ひろみさんの口に合う詩」に繋がるのです。などと、引っぱった割にはあっさりした答えですいません。今回のを読んで、僕が普段何気なく考えていることが、僕の作品にそのまま繋がっていることを感じ取って頂ければ幸いです。
あっちもこっちも (9/22) 安岡 優
 どうも、お久しぶりです。夏だというのに冬眠してました。思いおこせば四月以来ですね。あれからいろんな事がありまして、まぁ殆どライヴだったんですけど。この肉体労働の季節は筆が重く、なかなかサボリ病から立ち直れませんでした。しかしながら制作の方は、ツアー中とは思えないほどやってたんですよ、これが。ご存知の方もいるとは思いますが、郷ひろみさんのシングル、アルバムに参加させてもらいました。僕は曲を北山、妹尾両氏と合作で一つ、詩を三つ。良いですよ、マジで。

 「口に合う」という言葉がありますが、今回はそれをかなり勉強させてもらいました。ひろみさんが口にするにふさわしい言葉というのがあって、それに大きすぎても小さすぎてもいけません。ゴスペラーズのメンバーの口については、この七年でだいぶ分かり、それが全てのように勘違いしそうになっていた僕に、貴重な経験をさせてくれました。詳しい話は歌詩を発表してもいい時期が来たら、また書きますね。もうちょっと待っててください。

 で、それだけじゃないですよ。ゴペラーズの方も現在レコーディング中。どんどん書いてますから。こっちの方の話も後日に。

 いつの間にやら季節は過ぎて、冬になろうとしております。冬の寒さに耐えるには、毛布とスープと優しさと。どれも大事なものだから、一番なんて決めさせないで。僕の両手は狭すぎて、同時に全ては入りませんが。あっちもこっちも忘れずに。忘れぬ事が全てとの、僕自身とのつながりだから。いろんな事が起こりうる、今とはそんな時だから、あっちもこっちも忘れずに。あっちもこっちも忘れずに。

 それではみなさん、ごきげんよう。
アカペラ街より感謝を込めて (4/25) 安岡 優
 ごめんなさい。サボり虫です。とは言えあなた、いえ何でもありません。読んで下さってありがとうございます。そして「アカペラ街」、たくさんの人に見て頂いて本当にありがとうございました。おかげさまで、今年から始まった私の花粉症にもめげず、無事に全公演を終えることができました。しかしながら花粉症、つらいですね。こんなにつらいとは思いませんでした。涙とか鼻水とか、そんなものを超越して、もう完全に溺れていました。水中、それは苦しい。苦しかったです。皆さんのお体も健やかでありますように。

 さて今回の「アカペラ街」、全ての楽曲をゴスペラーズのオリジナルでやろうという、なかなか壮大な舞台となりました。毎年このアカペラライヴではオリジナルのアカペラ曲を書き下ろすのですが、今回はいわゆる新曲というだけでなく、「アカペラ街」のための主題歌まで作ってしまいました。タイトルは「星屑の街」。舞台のラストシーンを締めくくる大事な曲となりました。というわけで今日は、この「星屑の街」が出来るまでを皆さんにお見せしようと思います。

 まずは演出脚本の小池氏から台本が配られ、メンバー全員にストーリーの全体像が知らされました。そして今回は主題歌を北山・安岡コンビで作るということに。ここから北山宅での作業が始まるわけですが、そこに小池氏も監督として参加しました。小池氏がイメージを抽象的に呟き、そこから北山がピアノで和音を鳴らしていきます。それに対し、小池氏が「もっと明るく」とか「サビで開ける感じ」などと、音楽的でないオーダーを出してゆきます。北山が弾くピアノの和音に対し、僕が詩を書き始めます。まずは仮タイトルを小池氏に付けてもらいました。「星屑の街」というタイトルはこの時、彼の口から出てきたのです。

 さて、詩を書くと一口に言っても今回は主題歌なわけですから、明確なオーダーがあった方が僕も書きやすいというものです。小池氏が重い口をゆっくりと開き始めます。「侍ゴスペラーズ」や「星空の五人」の続編になるような、「今を讃える」詩にして欲しいということでした。「坂」の上も越え、「星空」さえも越えて辿り着いた「今」を。なるほど。ということで、僕がノートにだらだらと書き始めます。ちなみにこの時点ではメロディーは決まっておらず、ピアノ伴奏だけがあるという状態です。そこにおおよその分量の言葉を書いていくのです。

 それでは実際に僕のノートに書かれた言葉を、今回は特別に皆さんにお教えしましょう。企業秘密ですよ。

 「あの日作った歌を今歌えるのは 今日も僕らが生きているから」
 「正しい未来があるのなら それが今日だと」
 「あとどれくらいで君に出会い 受け入れるのだろう」
 「星空に手が届くよって言ったら あの日の君は笑うだろうか」
 「あとどれくらいで 描いた僕になれるだろう」
 「君が思うよりも星空に近づいているなら この歌が君に歌えるだろう」
 「星屑の街へ今夜連れてゆくよ 君が想うより高く」

 と、こんな事が書いてあります。ここまで書いて約1時間。ちなみにこれ以外は書いていません。これで全てです。もちろん頭の中ではいろんな事を考えて、そして却下もしているのですが。

 この辺でもう一度小池氏とミーティングです。全体の方向性が決まったら、曲として書き始めです。曲としてというのは、Aメロ、Bメロ、サビといった構成に基づき、自分の中での決定稿を作るということです。でもメロディーが決まってないので、字数はだいたいなのですが。そこから1時間くらいでとりあえず1コーラス分を書き上げます。それを北山に渡し、詩になぞってて二人で歌いながらメロディーを作っていきます。と言っても字数がだいたいなので、多少の文字の増減はその場その場で二人でやっていきます。そして曲全体の構成が見えてきたら、足りない分の詩を書き足します。その間に北山は全体のアレンジメントをうっすらと考えます。

 作業開始から約四時間、一曲としてほとんど出来上がりました。ほとんどと言うのは、アカペラとしてのアレンジの完成がまだなのと、詩は一晩置いて直すことが多いということからです。その後数日を経て曲が本当に完成したわけですが、この曲はライヴでしか歌ったことがないので、来れなかった方のためにここに決定稿の詩を載せようと思います。ライヴで聞いた皆さんもこれを見て舞台の空気を思い出してもらえれば幸いです。


   「星屑の街」

   探してた明日が 今ここにあるよ
   追い掛けてた昨日を塗り替えながら

   二度とは帰らない 今日だっていいよ
   描いてた未来の地図も生まれ変わるさ

   大丈夫 ずっと この歌を歌いながら
   大丈夫 ずっと この歌とここまで来たよ

   あの日見上げた星空より高く
   君が思うより遙か遠く
   今夜連れてゆくよ ごらん 星屑の街へ

   この夜を越えたら また何処へ行こう
   光も時も追い越して巡り会うから

   大丈夫 きっと この歌が遠い日にも
   大丈夫 きっと この歌は街のどこかで

   あの日見上げた星空より高く
   君が眠りゆく更に遠く
   誰も独りじゃない ごらん 星屑の街へ

   あの日見上げた星空より高く
   君が思うより遙か遠く
   今夜連れてゆくよ ごらん 星屑の街へ

 アカペラ街より感謝を込めて。サボり虫より。

 
桜餅からカレンダーまで 3/3 安岡 優
 あれよあれよという間に時がすぎ、世間ではナント三月になっているそうです。そういえば今日仕事に行く途中、今年最初の桜の花を見ました。こんな時期から咲いているものなんですね。まさに、春先取りです。今日、三月三日はひな祭りですが、男三人兄弟の我が家には雛人形も雛あられもありませんでした。だからと言っては何ですが、僕はひな祭りの習慣をよく知りません。桜餅をこの日に食べることも、つい先日知りました。いやはや、人生日々勉強ですな。ところで今年の桜餅の桜は、やっぱり去年の桜なのでしょうか。謎は深まるばかりです。ほんとに世の中知りたいことが多すぎて、いつまでたっても・・・・・。

 来ましたよ、やっと。去年話していた筑波科学万博で二十一世紀の自分に出したというポストカプセル郵便が。昭和六十年八月十六日の消印が押されているその葉書は、なんと福岡の親戚のうちに送られていました。そこから実家に送ってもらい、それが僕の部屋に送られてきたのは今日のことでした。そしてそこに書かれていたものとは・・・・・。「十才 五年 優より」。それだけでした。なんじゃ、そりゃ。訳分からん。確かにその時の僕は十歳で、小学五年生で、安岡優だったかも知れないが、それしか書かないってどういうことなんだ。おかしくないか?将来作詩をするような子供には到底思えん。そのうえ字も汚いし。などと恥ずかしくなりました。しかし、その横に万博に一緒に行った親父の「頑張ってるかな!!」という言葉が書いてありました。むう、やるな親父。無駄なく意味深い言葉だ。

 先月放送になった「ミュージック・フェア」で、郷ひろみさんと初共演しました。郷さんの混じりッけ無しのプロの仕事に正直少しへこみました。と言うより、反省しました。今までずいぶん甘い感じでやっていたのだと。それと同時に、長くこの世界で頑張れば、あんなに凄くなれるのだという良い見本を見せられて、これからに希望も出ました。まさにパンドラの箱ですね。そんな郷さんから本を頂きました。「若気の至り」という郷さん自ら書いたエッセイです。ポジティブな気持ちで読んで下さい。じゃないとへこみますよ。笑っちゃうぐらい凄すぎて。

 先日、「ギャラクシー・クエスト」という映画を見てきました。パロディーというか、コメディーというか。とにかく声出して笑えるアメリカ映画です。しかしながら、この映画は単に笑いの映画ではなく、むしろ悩みを描いた映画です。演じるという役者本来の行動は、役者が自ら行っているのか、もしくは誰かにやらされているのか。そんな、答えを聞きたくもないような問いかけがなされています。歌手が歌っているのは・・・・・、などと答えたくもないような問いかけです。だからそんな問いかけを僕にしないで下さい。僕の答えは僕の中にしかなく、誰かにとっての僕という人間はその人の中にしか居ないのですから。皆さんもこの映画を見て各自答えを出してみたら如何でしょう。そして、その答えを誰にも話さないで取っておいては如何でしょう。

 あれよあれよという間に時がすぎ、世間ではナント三月になっているそうです。カレンダーをめくり忘れないように。時は過ぎて行きます。世の中には知りたいことが多すぎて、頭を悩ましているというのに。
親知らずを抜いたと親父に報告 2/13 安岡 優
 どうも、新世紀ですね。既に二月ですが如何お過ごしですか。僕もヤングです。年が明けてからナンダカンダで、親知らずを抜きました。痛みの具合は人それぞれだと聞きますが、僕の場合、実に分かりやすく激痛でした。痛いの痛くないのって、痛がるのも痛いぐらい痛かったです。全くもって精神的に追い詰められるような痛みでしたが、こればっかりは誰が悪いわけでもなく、その上身体は健康そのものなので、まさに悪夢でしたね。皆さんも心安らかでありますように。

 何だか今世紀に入ってからというもの、「永遠に」「告白」と「ソウル・セレナーデ」が好調で嬉しいばかりですが、だからといって僕らの生活はそれほど変わりません。急激に忙しくなるわけでもなく、周りが突然おだてはじめるわけもなく、今までどうり人間らしく生きております。しかしながら、街の至る所ででゴスペラーズの音と擦れ違う機会が増えたのは確かで、いやはや・・・・・。

 来月には「アカペラ街」が始まります。「アカペラ人」「アカペラ門」に続き、芝居仕立ての舞台の三作目ですが、今年はどんなものになるのか。正直いって今の時点では、リーダーと演出の小池氏以外のメンバーは良く分かっていません。そんなこんなの最近ですが、「アカペラ人」の出演者、堺雅人の出ている映画「張り込み」を見てきました。学生時代からの仲間がどんどん大仕事をしていく様を見るのはやはり嬉しいもので、「僕ならもっと彼をこう演出するのに」などと勝手な妄想と夢を膨らませてきました。

 そういえば明日はバレンタインデーですね。皆さんほどほどに。
GO!GO!中野レオーネ 12/29 安岡 優
 約一ヶ月振りになってしまいました。すいません。軽くサボってました・・・・・。いやいやいやいや。師走とは良く言ったもので、本当に忙しかったのです。まぁもちろん、嬉しい悲鳴というやつなのですが。

 まずは今月十二日に終わった「ゴスペラーズ坂ツアー2000」、本当にたくさんの人に見に来てもらいました。遅ればせながら、全ての人にどうもありがとう。日本全国のスタッフの皆さん、そしてメンバー、そして俺、おつかれさま。疲れたね実際。だからいいんですけど。最後の東京中野サンプラザの四日間は、正直身体も声もどうなるものかと思ってました。でも人の身体とは不思議なものですね。ステージに立つとやれちゃうんだな。というより、日増しに調子が良くなっていく自分に自分で面白がってしまいました。まぁ、ステージ以外では廃人だったけど。

 そんなツアーも終わり、最近始めた遊びがあります。それはドリームキャストのゲーム「サカつく特大号」です。Jリーグのプロサッカーチームのオーナーになるゲームですが、これがかなりハマります。もういつもドリームキャストの本体ごと持ち歩いているほどです。僕のチームは「中野レオーネ」。子供の頃から引っ越しの多かった僕には故郷と呼べる所はありませんが、中野だけは特別です。なぜなら、生まれて初めて一人暮らしをした場所だからです。それは誰の意思とも都合とも関係なく、生まれて初めて自分で選んだ場所だからです。だから中野は僕のホームタウンです。その街にライオンがマスコットの中野レオーネを作りました。

 実は僕は九歳から十八歳までの九年間サッカーをやっていました。埼玉の久喜キッカーズではキャプテンもやっていたんですよ。そんな僕なりのサッカー哲学を元にチーム作りをしています。まずは徹底した守備と、幾つかの得点パターン。練習は体力と戦術理解を中心に才能に頼らないサッカーを心掛けています。などとマニアックなことを書いてもどうしようもないですが・・・・・。

 中野レオーネも二年でJ1に昇格しました。ゴスペラーズと共に日本一を目指しています。応援のほどをよろしく。

 話は変わりますが、つくば万博での二十一世紀への手紙を憶えているでしょうか。コスモ星丸がいた、あのつくば万博です。その中でタイムカプセルのようにやっていた企画なのですが、僕も手紙を出していたのです。それも自分宛に。たしか小学四年生の時だったので、何を書いたか全く憶えていません。しかし、楽しみです。郵便局に手続きをしてきました。来るんですよ。あの頃の自分から手紙が。まさか歌手になっている自分に届くとは。むぅ。すごすぎる。すごいぞ、コスモ星丸。

 十二月二十一日、旅芸人になって七年目に突入しました。何だか最近テレビで自分の顔を見ると、兄貴の顔に似てきている気がします。子供の頃から似ていると言われていたのですが、まさかこれほどとは。歳もとるわな。生きてるんんだから。自分では変わったんじゃなく成長したんだと思っていますが、何かを失ってもいるんでしょう。華も散らなくては種を残せませんし、それでいいです。必要ならまた手に入れればいいし、それが出来ないと思った時に僕は消えてしまうんでしょうから。

 いやいやいやいや。師走とは良く言ったもので、本当に忙しかったのです。まぁもちろん、嬉しい悲鳴というやつなのですが。それでは、良いお年を。
降って湧いた言葉の理論 11/30 安岡 優
 「ゴスペラーズ坂ツアー2000」も残す所あと三ケ所となりました。先日の栃木でのライブも終わり、次の名古屋までは約一週間。それならゴスペラーズに休みがあるのかと思いきや、一切ありません。ああ、そうです。ありません、ありませんとも。そんな僕らは現在都内某所でレコーディング中であります。これは来年二月リリース予定のシングルです。詳しいことは来年にでも、楽しみに待ってて下さい。

 もうすぐニューシングル「告白」が発売になります。もうラジオなどで聞いた人もいるんじゃないでしょうか。リーダーが作詞作曲に携わったミディアムスローのダンスナンバーです。皆さん年末はこの曲でダンス・ダンス・ダンス。歌って踊って、泣いて下さい。そしてカップリング曲は北山が作曲、僕が作詩のバラード「Begining」。そこで今回はレコーディングでの作詩の作業の流れについて書いてみましょう。

 まず、ゴスペラーズはだいたいが曲が先です。作詞作曲を一人のメンバーがやった曲では詩曲同時、もしくは詩が先というのもありますが、二人以上のメンバーで作った場合では曲先になることが多いです。「Begining」も曲先でした。「告白」カップリングにはバラードをということでこの曲が選ばれたわけですが、曲が決まると最初に全体ミーティングが行われます。ちなみに全体というのはゴスペラーズのメンバー五人とキューン・レコードの中山さんと西條さんです。ここで詩の方向性と誰が書くかが決められます。この曲は北山作曲だったので書くのは僕に決まりました。そして方向性では「冬のラブバラード」というオーダーでした。言ってしまえば、それしかないという広すぎるオーダーなのですが。

 冬といえばクリスマスが真っ先に思い付きますが、僕個人としては正直言ってまだクリスマスソングは書きたくありませんでした。まだ、というのは、まだ今年はという意味です。クリスマスソングは聞いてもらえる期間に限りがあります。どんな名曲が出来ても、聞いてもらえなければ意味が無くなってしまいます。それを解消するには、僕らの歌がもっと街に届くようになるしかありません。僕ら以外の人も歌うぐらいに。そんな状況ができるまで、出来ればクリスマスソングは書きたくないのです。偉そうかも知れませんが、それくらいの出し惜しみがあってもいいでしょう。

 そこで別の冬のテーマを考える、ということで全体ミーティングは終わりました。ここからは個人の作業になります。用意するのはノートとボールペン、あとはコーヒーと煙草。まずは「何を」どういう「テーマ」で書くかを決めなければいけません。これさえ決まってしまえば、僕はそこから三時間もあれば書き上げます。と、簡単に言うものの、その「何を」どういう「テーマ」で書くかが一番頭を悩ませるのです。長い時には一週間から十日ほど。

 最初に「テーマ」ですが、これは「永遠に」における風であったり「月光」における月だったりと内容ではなく、書きたいことを乗せるレールのようなものです。今回はクリスマスという、分かりやすいテーマの代わりを見つけなければなりません。そこで僕が思い付いたのが、大晦日です。正月の名曲はユーミンさんに「A Happy New Year」という名曲があるので、その前の大晦日の鐘の音をテーマにしようと思い付きました。まだ大晦日の名曲は世の中にありませんから。しかし、基本的に僕は大晦日にもクリスマスにも思い入れはなくいつもと同じ一日としてしか思っていません。でも、そこになぜか特別のものを感じる気持ちがないとは言い切れません。それが「テーマ」になるような気がしたのです。 

 次に「何を」ですが、今回の場合ラブバラードというオーダーだったので勿論恋愛のことになります。そこで僕がヒントをえたのが、今年の前半ファンの方から貰った一通の手紙でした。そこには「いつも恋人同士の恋愛の歌ですが、夫婦の愛の歌も書いて下さい」ということが書いてありました。僕は結婚していないので夫婦の愛がどんなものか自分の両親のことしか解りませんが、あたりまえのようにそこにある、でも大切な日常の中にある愛なのだと解釈しました。それが、今回のテーマとばっちりハマったのです。あたりまえのように来て、去っていく大晦日。日常の連続なんだけど、特別な一夜。そう感じるのは、それまでの毎日が全て特別な一日の連続だったから。そんなようなことを書ける気がしてきました。最初に手紙を貰った時、こんな愛の形を書くのもいいだろうなと思っていましたが、こんなに早く書くことになるとは。

 そこで出来上がったのがこの詩です。


「Begining」


誰も皆その夜には
待ちわびて耳を澄ます
白い息が優しく告げる
今年も君の近くにいられたこと

鐘の音が消える前に
もう一度この愛が届くように
どんな時も忘れないで
僕がいつでもそばにいるから

いつもより長い夜は
温もりが 君が欲しい
幾つもの愛しい日々が
静かに降り積もった雪のように

鐘の音が消える前に
もう一度この愛が届くように
どんな時も忘れないで
僕がいつでもそばにいるから

地球(ほし)に 新しい夜が生まれる
終わりのない時を守りたい
この両手で

鐘の音が消える前に
もう一度この愛が届くように
どんな時も忘れないで
僕がいつでもそばにいるから
そして鐘の音が消える頃は
もう二度とこの愛は消せない

二人で新しい時を刻もう
ただいつでもそばに
僕が君のそばに
君だけのそばにいるから


 てなことで、発売前に詩だけ皆様にお届けしました。あとは音と一緒にCDでおたのしみください。
長崎ぶらぶらセレナーデ 11/11 安岡 優
 長崎にいます。小説「長崎ぶらぶら節」読みましたか。読んでないなら、すぐ読むべきです。

 小説の舞台である、思案橋の近くのホテルでこれを書いています。先ほど夕食を食べたあとに、所縁のある花月と愛八姐さんのお墓にも行ってきました。花月は町中にあるのですが、お墓の方はしびれるほどの急坂の上にあり、高台というより山の上でした。しかし、そこからの眺めは絶景で、「全国楽しみ隊」としては最高の観光になりました。

 「長崎ぶらぶら節」は歌手にはツボに入り過ぎて、つらいぐらいの名作です。歌を歌う理由、歌が歌われる理由、その両方を考えさせられます。人が歌を歌う時、それは必ずしも幸せとは言い切れません。でも、歌を歌うことでしか生きられない時もあるのです。そして歌は歌はれなくなった時が死を迎える時であり、歌われることでしか幸せにはなれないのです。

 歌の命を支えている歌い手、しかしその歌い手の命を支えているのは聞き手です。例えその歌が、相手の鼓膜を震わせなくても。まさにセレナーデ。そんなことを思っていたら、詩が思い浮かびました。

   夢々話

  或の日あなたがくれたのは
  たった一つの嘘でした

  きっと戻ってくるからと
  指を優しく切りました

  馬鹿なおんなの夢々話
  ちょっと叶えて
  ちょっと叶えてくれました

 ムード歌謡ですね。いやまあ、ムード歌謡として書いたんですけど。ゴスペラーズでは歌えないでしょうから、リーダーに曲をつけてもらってどなたかに歌って頂きましょう。ムード歌謡としては、このような女言葉を男性歌手が歌うのがいいですね。取りあえず、自分で勝手に歌っておきます。

 ツアーも中盤の山を越えました。ここから後半戦。僕の、僕達ゴスペラーズのセレナーデが、あなたの元に届くように。おやすみなさい。
風呂上がりの夜空に 11/2 安岡 優
 只今、浜松のホテルに居ます。

 今日もガッチリと一時間の長風呂を楽しみました。しかし裸の男が、そんなに長く何をやっているのかというと、大概は読書です。と言っても、勿論ほとんどがマンガの僕ですが、最近は字の本も読むようになりました。きっかけとしては、飛行機に乗ると座席のポケットに入っている機内誌を読むようになったこと。リーダーの悪影響なのか、旅行の記事がたくさん載っている機内誌が、ここ数年やけに面白いのです。知っての通り、あの雑誌はお持ち帰り自由なので機内で読み切らなくても持って帰れます。それを風呂に持ち込んで読むわけです。

 特に今年のレコーディングの時は、なぜかむさぼるように読んでいました。特に詩のネタをそこから取ろうというわけではありませんが、人の体験を文字に変換しているあの手の文章は、詩を書くのに煮詰まった頭には非常にいいのです。詩が全て自分の体験そのままなんてことはありませんが、やっぱり実際に経験したことのある感情が核になっている場合が多いのです。しかし人間は色んなことを忘れていく生き物なので、自分の中に在った感情さえ忘れてしまいます。まあ、それがないと人間の精神は崩壊してしまうでしょうから。でも詩を書く時には、やはりそれを思い出さなくてはいけません。それで他人の思い出をきっかけにするのです。思い出さなくてもいいようなことから、自分でも気付かなかった大切な思い出まで。勿論、思い出とは一秒前までことですけど。

 そんなこんなでマンガだけでなく字を読むのも結構楽しいなと思いはじめた頃、一人の小説家の名前を目にしました。ジャン=フィリップ・トゥーサンという人です。たまたま本屋で見かけたのですが、店員さんが書いたらしき推薦文に誘われて買ってみました。もともとフランス映画が好きだったので、フランス文学は初めてでしたが読んでみました。良いです。ものすごくフランス人な文章です。上手く言えませんが、すでに何かが完成されて、そしてそれがもう既に終わってしまっているような。何を言っているのか解りづらいでしょうが、そんな感じです。現在6作品出ていますが、発売された順に読むことをお勧めします。つまり「浴室」を、まず読んでみて下さい。それで面白くなければ、多分どれも楽しめないと思います。

 フランス映画にしても、文学にしても、どうしてあんなに上手く「無駄」を使うんでしょうね。はっきり言って、あの手のものは「無駄の美学」ですね。しかしまあ、あれは確かに楽しめない人がいてもしょうがない。無駄が我慢ならない人が普通でしょうから。僕はたまらなくその「無駄の美学」にハマっているんですけど。いいなあ、無駄は。僕自身は人生の中であまり無駄をするのが得意じゃないので、ああいうのに憧れてるのかなあ。


 話はがらっと変わりますが、数日前に新曲のプロモーションビデオを撮影しました。かっこいいです。僕の中では、今までのビデオの中で最もかっこいい歌のシーンが撮れたと思います。横浜のビルの屋上で、夜から日の出までかけて撮りました。正直言うと、ツアー中には厳しいスケジュールでしだか、まあ結果オーライということで。新曲のタイトルは「告白」。12月の頭に出ます。

 さて、明日も沼津でライヴなのでこの辺にします。5日は久々の休みです。何しようかな。って、また無駄な時間を使えない自分がいたりします。おやすみなさい。
始まりに付属する諸々 10/20 安岡 優
 別冊マガジンヤング第二回目でございます。僕は今、神戸のホテルから書いています。

 まずはお詫び。第一回目を読んで、何だか色々疑問に思った方も多いと思います。「10月12日からこの連載をスタートする」と書いてあったにもかかわらず約一週間も遅れてしまいました。ごめんなさい。そして、もう一つ。内容がやや古すぎますね。実際にこの文章のほとんどが、7月中に書いたものです。というのも、そもそもホームページ上に別冊ヤングを立ち上げようと思ったのがファンクラブツアーが終わった頃でした。皆がマガジンヤングを待っていてくれているのに対して、こんな話を聞かせたいというのを書いていたものです。「詩」のように完成品になる前の、もっと裸のままの、もっとリアルタイムの言葉を皆に届けたかったのです。カッコをつける暇がないくらいのリアルタイムで。そんなことを思い付いた7月からホームページでのシステム作りが始まりました。しかしながら、専門的な知識を持たない自分自身で出来ることは曖昧なアイデアを出すことだけでした。スタッフの皆さんには御迷惑をお掛けしてしまったでしょう。こちらの勝手な注文を一つ一つ取り入れてもらって、時間はかかってしまいましたがやっとスタートしました。そんなこんなで、あんな第一回でした。ごめんなさい。

 何にしても始めるということは大変ですね。でも、一歩目がなければその先もないわけですから。失敗しても、それは確かな一歩になるでしょう。現に今こうして二歩目が刻まれているのです。12日の大宮のライヴでも話しましたが、僕がゴスペラーズになる第一歩は二十歳の時でした。その時は両親にも内緒で、二人の兄と一人の親友にしか話していませんでした。正直なところ失敗するかもと思っていました。あとから後悔するんじゃないかと思っていました。でも止まりたくない自分がいました。あの時の心細い第一歩が今に繋がっているかと思うと、何とも言えない気持ちになります。

 こんなことをいうと何ですが、去年の年末あたりから肉体的な意味での「歌う」ということがやっと分かって来ました。今までが歌えていなかったというわけではなく、無意識に運動していた「歌う」肉体を、物凄く意識できるようになってきたのです。「歌」自体は精神的衝動がなければ生まれないものですが、それを実際に行動に移す肉体を意識することで、自分が歌いたかった言葉の流れをより感じることができるのです。例えば「愛」という言葉を歌う時も、なぜその言葉が自分から出てきたのかが明確に見えてきたのです。そうすることで「歌」が、単なる技術を表現するものではなく、もっと自分自身の人間性と直結してきたように思います。解りづらい言葉が並んでしまいましたが、そんなことを考えながら今のツアーをやっています。だから同じ歌を歌っても二十歳の頃と今とじゃやっぱり違ってきてますね。上手くなるとかそういうことではなく、今の方がより自分以外の人にも語りかけるように歌えてるというか。

 だからこそ我々旅芸人は体が資本なのです。ですからもう寝ます。目が覚めたら神戸でのライヴです。
帰ってきた旅芸人 9/21 安岡優
 お久しぶりでございます。旅芸人ゴスペラーズのヤングこと安岡優です。お待たせしました。というより、こんなに待たせてしまって本当に申し訳ありませんでした。「マガジンヤングの続きを」という皆からの声は痛いほど聞こえていましたが、レコーディングの製作のため全く思考を停止していました。その代わりといっては何ですが、新曲の作詩も相当いいものが出来たので期待してて下さい。

 ところでそのマガジンヤングの続きですが、ホームページ上で展開していこうと思います。去年の年末、出版物として「vol.1」を出しましたが、あれがなかなか時間がかかってしまうのです。ネタの鮮度というか、自分の中の衝動の鮮度が落ちてしまうのです。もっと気軽に、もっとリアルタイムにと考えるとホームページ上が最適かなと。そんなこんなでマガジンヤングはここで再出発。その名も「帰ってきた旅芸人」。取りあえず、何かしら文章を書いていけたらと思っています。まあ、いいネタが貯まってきたら出版物の方も考えます。

 さて書きたいこともたくさんあるのですが、「帰ってきた旅芸人」ということで今回は6月にあったファンクラブツアーについててでも。いやはやファンクラブツアーとは思えないほどの人の数、まずは本当にありがとうございました。4ヶ月振りの旅なのでどうなることかと思いましたが、なかなかどうして、自分でいうのもなんですがいいライヴでした。何より新曲をいち早く皆に聞かせられて良かったと思っています。久しぶりなのに土産話もないんじゃ旅芸人失格ですから。歌はたくさん歌われる程よくなるものです。歌う側が上手くなるってことだけじゃなくて、歌の方が歌わせる所を分かってくるというか。上手く言えませんが、その最初を皆に観てもらって良かったです。ゴールは幾つあってもスタートは一つなので。

 今回のライヴのデュエットコーナー、あれは自分でも相当面白かったです。組み合わせの妙というか、誰とデュエットするかでこんなに自分の歌い方が変わるとは。僕はリーダーと酒井さんが相手でしたが、この2曲の僕の歌い方はかなり違います。まずリーダーとやる場合には彼の声がパワーのあるバリトンなので、こちらは息の多いウィスパーヴォイスを強調しました。逆にクリアーなテナーヴォイスの酒井さんとの時は、どんな高い音でも地声で歌うパワー感にこだわりました。その効果は聞いてもらった人には分かると思いますが、デュエットとしてどちらもより良く聞こえるための歌い方をしたわけです。もし一人で同じ歌を歌う場合には、もっと違った歌い方をするでしょう。デュエットでは一人で歌う時より短い時間で歌い手の素材感を出さなくてはならないので、やや濃いぐらいの味付けがちょうどいいわけです。グループも長くやってると単純な歌の上手さ以外に、こういうチームプレイのテクニックもついてくるものです。やっぱりグループは長くやってなんぼですな。

 旅芸人といえば体が資本ですが、こちらの方はやはり弱ってました。レコーディングという穴蔵生活ですっかり地底人と化していました。それでも本番中はいいのです。ライヴ勘というか、この手の商売の人はステージに上ってライトを浴びたら体が動きます。リハーサルのストレッチと筋トレで本番分の体力は大丈夫、でも、夜がいけません。すぐ眠くなるのです。飲む元気がないのです。2杯目には水を頼んでいる自分に泣けてきます。ギャラを酒で貰うぐらいの気合いが欲しいものです。僕は古いタイプの旅芸人なので、旅芸人をするために体を整えるのではなく、体が頑丈だから旅芸人ができるという方が正しいのではと思ってしまうのです。まあ、いい歌が歌えてれば何でもいいんですけど。
  
 しかしこのツアーの最大のイベントといえば、やっぱり握手会でしょう。すごかったですね。何か一生分の握手をしちゃった気がします。それにしても数秒間の握手のために長い間並んでくれたたくさんの人たちに感謝と申し訳なさで一杯です。でもまあ、正直なところ当分握手はいいですね。おなか一杯になりました。今度はミリオンヒットでもを飛ばして、「握手した数のギネスブックに挑戦」とかいって、そのまま募金とかして、何か人の役に立つ形でやりたいですな。そこにいない人にも幸せが届くような遊びで。

 この連載ですが、スタートはツアーの始まる10月12日からです。新しい旅の始まりと共に新しい旅芸人をよろしくお願いします。

 それでは今回はこのへんで。